2007年05月16日

2007-23『俺は、君のためにこそ死ににいく』を鑑賞しました。

映画映画を鑑賞しました。わーい(嬉しい顔)

23『俺は、君のためにこそ死ににいく』

俺は、きみの為にこそ死ににいく_01.jpg

俺は、君のためにこそ死ににいく_02.jpg 俺は、君のためにこそ死ににいく_03.jpg


評価:★★★★☆  (★★★☆☆にちかい)

時計沖縄返還35周年の5月15日、区切りとなる大事な映画を観た。わーい(嬉しい顔)

本原作は石原慎太郎で平和のありがたさを改めて感じさせる切ない映画です。
2005年上映の『男たちの大和/YAMATO』や2006年上映の『出口のない海』、『硫黄島からの手紙』と違って、軍指定食堂「富屋食堂」を開いてきた鳥濱トメさんがみてきた鹿児島県の知覧飛行場での出来事が物語です。
 
時計1944年当時の第2次世界大戦の戦況はご存知の通りレイテ沖での海戦でダメージを受けている日本は沖縄を目指してくるアメリカ軍に易々とは落とせないと思わせたい。

そこで特攻作戦が命じられたのだが、冒頭でも言っている様に、「志願ではあるがわざわざ死にに行く為に志願する者などいない。だから、志願という名の命令だ。」と・・・
当時の教育や情報統制の中で正しい判断が出来た人間がどれだけいたのか疑問ではある。

戦争という狂気の時代に生きた若者が愛する者たちを守ろうと死んでいったのだということを鳥濱トメさんを通して訴えている。
島濱トメさんも特攻で死んでいく若者の世話を母親代わりに(いや、それ以上に)し続けるのだ。

”特攻”、今ではそんなことを考えたりしないだろうし考えるとしても一部の国に対してだろうし、話し合いで解決する方向で解決しようとするだろうからありえない感情だったりするのかな。
でも、相手が得たいの知れないもの(宇宙からの来訪者など)だったりした時はどうだろう。
勝てる確証がなくても家族や知人を守る為に戦うのではないだろうか?
※大げさに解釈してみましたけどね。

話は特攻隊員に戻すけど、当時の韓国人も特攻隊員として出陣していったそうです。
当時なら差別用語で呼ばれていたと思うが、苦労して学校出させてもらって日本の為に死ににいくのも切ない話でしたね。

それから、一号特攻隊の関大尉(的場浩司)はベテランパイロットだが、確実に成功するパイロットでないと後に続くものがいないとのことで命令を受けて出陣した。
しかし、三回出陣してやっと成功というくらい自ら死ににいくのは難しいということだ。

最後にエンドロールには当時からの写真が出てきますので最後まで観てください。
また、B'zの音楽もなんだか切なさを増幅していましたね。

カチンコさて、ストーリーですが。【注:ネタバレありって既にネタバレか】
昭和19年秋。
太平洋戦争で不利な戦況の日本軍は、最後の手段として戦闘機に爆弾を搭載し、敵艦に体当たりする特別攻撃隊を編成。
鹿児島県の知覧飛行場はその特攻基地となった。

軍指定の食堂を構え、飛行兵たちから慕われていた鳥濱トメは、特攻に志願した彼らを引き止める事も出来ず、戦地へと赴く若者との別れを幾度も経験する。
やがて終戦を迎えた日本で、特攻隊員の生き残りと遺族は思いがけない過酷な試練を経験する事になる。

・・・あとは映画館でご鑑賞ください。

近々『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』を観たいです。


posted by はっしぃ at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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